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「であろう」に関連した文献の一覧

 

1989年秋に早稲田大学映画史研究会で発表された牧野守「戦前の日本小型映画史に於ける主要な潮流とその特質」の要約が『日本映像学会報』に掲載されているとのこと。その論文を探しております。66号に"小笠原隆夫・牧野守「映画資料文献研究会・経過報告」"の論文が掲載されていることは、北海道大学図書館様が所蔵されている66号にて確認済みです。(ただ、ページ数が不明ですので、恐れ入りますが、そのページ数を調査いただければ幸いです。)さらに、その前後に掲載されているであろう、その要約、その要約に関連した論文を探しております。国内の所蔵は国立国会図書館様のみの所蔵となります。<出典>「1989年の初秋、牧野氏は早稲田大学映画史研究会で『戦前の日本小型映画史に於ける主要な潮流とその特質』と題する研究発表をされた。残念ながら私は帰郷中で参加できなかったものの、その発表の要約が『日本映像学会会報』に載っている。非常に手際良く全体像をまとめたもので、それを読んでもこの発表が、8ミリブームの衰退以後では小型映画の広範囲に及ぶ意義を整理した最初の本格的な研究成果であることが分かる」(出典:那田尚史「日本個人映画の歴史(戦前篇6)小型映画研究の新しい局面 手島増次作品における先駆的実験性『明暗』『燈臺守』」『Fs』第6号、Fs編集部、1998年、91頁)。レファレンス協同データベース
以下のことについて調査をお願いいたします。鳥取県の「県政新聞」(※1)1958年8月中下旬号に掲載された<「生田長江先生と私」岸本町助役 後藤大治>を読んでの質問です。当時、台湾の台中女子公学校の教師をしていた後藤は、大正10年の夏休み(※2)を利用して東京の生田長江を訪ねるのですが、その前に門司で新聞を買うシーンがあります。以下資料から引用します。<台湾から上京の途次、門司で新聞を買って文芸欄を見ると、熊本県の高群逸枝を云う若い女性の詩集「日月の上に」が、生田長江の推薦に依って書店から上梓されることになったと云う記事があり、「長江は最近やたら新人を紹介する。嚢には島田清次郎、江原小弥太を紹介し、又この度高群を紹介した。甘い」と云った悪評でした。私はこの記事を読んで頭が重くなりました。> この文章の中の、後藤が読んだ記事は、何日の何新聞の誰が書いた記事なのかを知りたいので、調査をお願いします。【出典・根拠】・(※1)「県政新聞」の該当箇所:『生田長江関係記事 県政新聞1957.5月~1982.11月』県政新聞社/編 米子市立図書館/刊(米子市立図書館請求記号Y902/11-2)・(※2)後藤大治が生田長江を訪ねたのが大正10年の夏休みであると判断した根拠:高群逸枝は生田長江の推薦で「新小説」大正10年4月号に『日月の上に』を発表し、二か月後の6月に叢文閣より上梓しています。また、後藤が1週間後に長江の避暑地である茅ヶ崎を訪ねたことも書かれていますが、長江はその前年には7月17日に避暑に出かけています(大正9年7月20日「東京朝日新聞」の「学芸たより」欄より)。以上の理由から、後藤が長江を訪ねたのは大正10年の7月中旬であろうと推測しました。できる範囲での調査をよろしくお願いいたします。レファレンス協同データベース
加藤諦三‖著 大和出版 1988.2
キム・イルソン‖[述] 外国文出版社 1971
BOC出版部 / あごら新宿 編

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