「下旬」に関連した文献の一覧

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「下旬」に関連した文献の一覧

 

元禄五壬申長月下旬従東國北州江之起行貴重書画像データベース
葛巻權佐 敬白 [1---] [写]
昭和十年六月下旬長野県下に於ける災害写真帖近代デジタルライブラリー
長野県林野砂防協会編 国立国会図書館
明治四十四年七月下旬颶風出水報告近代デジタルライブラリー
銚子測候所 国立国会図書館
以下のことについて調査をお願いいたします。鳥取県の「県政新聞」(※1)1958年8月中下旬号に掲載された<「生田長江先生と私」岸本町助役 後藤大治>を読んでの質問です。当時、台湾の台中女子公学校の教師をしていた後藤は、大正10年の夏休み(※2)を利用して東京の生田長江を訪ねるのですが、その前に門司で新聞を買うシーンがあります。以下資料から引用します。<台湾から上京の途次、門司で新聞を買って文芸欄を見ると、熊本県の高群逸枝を云う若い女性の詩集「日月の上に」が、生田長江の推薦に依って書店から上梓されることになったと云う記事があり、「長江は最近やたら新人を紹介する。嚢には島田清次郎、江原小弥太を紹介し、又この度高群を紹介した。甘い」と云った悪評でした。私はこの記事を読んで頭が重くなりました。> この文章の中の、後藤が読んだ記事は、何日の何新聞の誰が書いた記事なのかを知りたいので、調査をお願いします。【出典・根拠】・(※1)「県政新聞」の該当箇所:『生田長江関係記事 県政新聞1957.5月~1982.11月』県政新聞社/編 米子市立図書館/刊(米子市立図書館請求記号Y902/11-2)・(※2)後藤大治が生田長江を訪ねたのが大正10年の夏休みであると判断した根拠:高群逸枝は生田長江の推薦で「新小説」大正10年4月号に『日月の上に』を発表し、二か月後の6月に叢文閣より上梓しています。また、後藤が1週間後に長江の避暑地である茅ヶ崎を訪ねたことも書かれていますが、長江はその前年には7月17日に避暑に出かけています(大正9年7月20日「東京朝日新聞」の「学芸たより」欄より)。以上の理由から、後藤が長江を訪ねたのは大正10年の7月中旬であろうと推測しました。できる範囲での調査をよろしくお願いいたします。レファレンス協同データベース
加藤 寛昭 訳 中国研究所 / 中国研究所 〔編〕
藤井 満洲男 中国研究所 / 中国研究所 〔編〕
石井 清文 日本政治経済史学研究所
西山 恒夫 他 北海道大学大学院水産科学研究科編集出版委員会

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