「憲兵隊」に関連した文献の一覧

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「憲兵隊」に関連した文献の一覧

 

韓国社会略説近代デジタルライブラリー
韓国駐箚憲兵隊司令部 国立国会図書館
基督道に対する大阪憲兵隊の質問に答ふ近代デジタルライブラリー
尾島真治著 国立国会図書館
中国共産党関係基礎文献近代デジタルライブラリー
支那駐屯憲兵隊司令部 国立国会図書館
昭和18年当時、北京城内にあった日本軍司令部の場所を、当時の地図から探したい。(現在の北京市街地図と見比べたいため)【調査経過】日中戦争時、日本軍が北平(北京)に入城したのは昭和12年8月8日である。司令部の設置はそれ以後のことと判断できる。ただし質問された利用者の探してお られる「司令部」が、華北に展開する北支那方面軍の司令部であったのか、それとも北支那方面軍隷下の、ご自身が所属なさっていた師団などの司令部であったのかは、記憶が定かではなく、不明とのことである。当時の詳細な北京市街地図を所蔵していないため、まず日中戦争に関する資料や、当時の北京に関する資料の中に、その設置日時や場所についての記述があるかどうか調査した。参考になるのは次の3点であった。①『北京の日の丸 : 体験者が綴る占領下の日々』(北京市政協文史資料研究委員会編 ; 大沼正博訳. 岩波書店, 1991.12)p5には、8月8日、日本軍北京入城、「入城司令部を東城の鉄獅子胡同の旧陸軍部に設けた」との記述あり。② 『人鬼雑居 : 日本軍占領下の北京』(伊東昭雄, 林敏編著. 社会評論社, 2001.1)p228には、1944年(昭和19年)3月に起きた、日本憲兵隊による輔仁大学教員・学生の大量逮捕について「憲兵隊で四か月を過ごす と、輔仁事件の関係者はすべて日本華北軍部の監獄に移され、判決を待つことになった。その後日本軍の軍事法廷(東城鉄獅子胡同にあった)で以下の判決が出た」との記述あり。③『北京案内記』(新民印書館, 1941.1)8版(1942.3)のp372に、在北京日本側諸機関の名称と位置を掲載している。(例:日本帝国大使館 東交民巷明治通)ただし、日本軍司令部の掲載はなし。①~③の記述から、北支那方面軍司令部は東城地区の鉄獅子胡同か、列強の租界があった東交民巷にあった可能性が高いと思われる。調査対象となる地図としては、「詳密北京市街図」(昭和14年)(謙光社, 昭和61年復刻.「日本列島を繞る激動の昭和半世紀史料4」)が挙げられる。しかし、当館所蔵資料ではないため未確認である。レファレンス協同データベース
あ丶関東憲兵隊教習隊 : その生いたちと終焉NDL蔵書目録 (和図書・和雑誌)
山崎英雄‖編著 新京関東憲兵隊教習隊第一三期同期生会 1982.1
ある憲兵の一生 : 「秘録浜松憲兵隊長の手記」NDL蔵書目録 (和図書・和雑誌)
上原文雄‖著 三崎書房 1972
西村 千勢馬 文芸春秋
金沢憲兵隊文書 : 満州事変前後の社会運動NDL蔵書目録 (和図書・和雑誌)
石川県社会運動史刊行会 1987.11
韓国社会略説NDL蔵書目録 (和図書・和雑誌)
韓国駐箚憲兵隊司令部 韓国駐箚憲兵隊司令部 〔明43〕
李升煕 著 新泉社 2008.9
山口 博一 アジア経済研究所
山口 博一 アジア経済研究所
関東憲兵隊の最後NDL蔵書目録 (和図書・和雑誌)
宮本信夫‖著 〔宮本信夫〕 1981.1
管内第一第二線ニ於ケル不逞鮮人被害調査表 : 他3篇NDL蔵書目録 (和図書・和雑誌)
朝鮮憲兵隊司令部 朝鮮憲兵隊司令部 〔1925〕
基督道に対する大阪憲兵隊の質問に答ふNDL蔵書目録 (和図書・和雑誌)
尾島真治‖著 基督教出版社 昭和13.4
亰城龍山市街圖NDL蔵書目録 (和図書・和雑誌)
朝鮮駐剳憲兵隊司令部‖[作] 朝鮮駐剳憲兵隊司令部 [1911.5]
憲兵 : 元・東部憲兵隊司令官の自伝的回想NDL蔵書目録 (和図書・和雑誌)
大谷敬二郎‖著 光人社 2006.7
菊池 誠一 昭和女子大学

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